こんにちは。
ブログ用に小説を書いてみなさいな、と先生に勧められてから半年以上が経ってしまいました。
書かなきゃ~、とずっと思っていたのですが、どうもブログ用の形式形態が分からず、
おまけにコメディ系は苦手で、ちょっと逃げていました×××
サスペンスでもいいわよ、と言われ考えてみましたが、
これもやはり難しい×××
何とか、書いてみましたが、やはり苦手で、どうかな~って感じです×××
どうぞ、お時間に余裕のある方は、読んでみて下さい。
投稿 nishiy《タイトル》 ダンス、ダン、ダン。★始まりの始まり
「地区センターのフィットネス、参加してみよう」
と、ママ友のタカコさんに誘われたのが、一年前の春。
考えてみれば、今まで運動的なものを一切拒絶してきた私。
学校の体育の授業もできればやりたくなかったし、
運動会やマラソン大会などの類いも、どうやって欠席しようか、毎回頭を捻らせていた。
また、友人たちが当たり前のように参加していた大学時代のテニスサークルも、
優先的に使用できる社会人時代の所謂高級スポーツクラブにも、
一切参加せずにきた私。
何故なら私は……
太っていたからだ。
それも物凄く……
小学校にあがる頃には、既に力士並みの体型が出来上がっていた。
というのも、両親が共働きだったため祖母の育てられたからだ。
あれやこれやと世話を焼かれ、可愛がられ、与えられ、スクスクとやがてはブクブクと育ってしまった。
とにかく祖母は豪快な人で、山買いダース買いは当たり前で、
作る料理はどれもこれも山盛りだった。
更に私が、「これ美味しい」「これ好き」などと言うと、祖母は喜々して更に腕を振るった。
山盛りがデカ盛りに。
そして、それを食べる私の顔を見て、祖母はよく言っていた。
「マリちゃんは本当に美味しそうに食べてくれるねえ」と、
なくなってしまうほど目を細めて。
そんな祖母も私が結婚した翌年に死んでしまった。
最後は痴呆を患い、娘である私の母と、孫である私の区別もつかなくなっていたけれど、
それでも混濁する意識の中で、時折私を見ては、
「マリちゃんは本当に美味しそうに食べてくれるねえ」などと、言っていた。
その時に私が何かを食べていたかというと、決してそうではない。
大概は何もせずに、ただぼんやりと皺くちゃの、もう小さくなった祖母の顔を眺めていただけだ。
多分、祖母は子供だった私(祖母の周りを一時も離れずにいた頃の私)と
夢と現実の狭間で、祖母だけの特別な時間の流れの中で、
邂逅していたのだろう。
幼児肥満は保護者の責任だと、健診などで言われるけれど、
私にも子供ができて親となり、それはほんと尤もなことだと思うけれど、
それでも私に対する祖母の愛情を疑うことはおろか、間違っていた、とは決して思えない。
だから、私は結局、祖母が死ぬ前まで太ったままだった。
齧る程度のダイエットもしたことはあったが、
心の何処かでは「このままでも別に構わない」という気持ちがあり、
太っている自分に、そこまで強いコンプレックスは抱いていなかった。
というのも、そのままの、ありのままの私でいい、と言ってくれる奇特な人が常に側にいてくれたからだ。
祖母の他に、夫もその一人だった。
夫と私は、ごく普通に社内で出会い、社内恋愛の末に結婚。
普通過ぎて何のドラマもなさそうだが、私たちの結婚にはそれなりの苦難があった。
息子が結婚相手として連れてきた女が太っていたのだから。
それも結構な迫力で。
初めて私を見た時の、お義父さんとお義母さんの顔を思い出す度に、
私は申し訳ないような、何となく悲しいような複雑な思いに駆られる。
二人は私を見た瞬間、言葉を失い、呼吸すら忘れて私を凝視した後、祈るように天を仰いだ。
外見で判断すべきではない。大切なのは当人の気持ち。大事なのは人間性。
だけど……
と、夫の両親は葛藤したに違いない。
結婚を認めながらも、結局は事がきちんと運ぶまで半年以上がかかった。
それでも結婚してしまうと、なんやかんやと揉めていたのが嘘みたいに、
両家良縁として、それなりにうまくいった。
そして結婚して翌年、最愛の息子、タックンが祖母が死んだ翌日に生まれた。
私は通夜の長いお経の最中に産気づき、
長い長い陣痛の末に息子を出産した。
参列者を巻き込んだ騒動となり、嬉しいやら悲しいやらの大騒ぎで、
けれど、逝った命と生まれた命の尊さが、
また祖母が安らかな大往生だったこともあり、
家族や参列者は何ともいえない安らかで、そして温かな気持ちになった。
そして、この息子の出産を機に、私の太っていた、いわゆるデブ人生が終わったのだ。
何となく、息子がお腹にいる時からその変調があった。
お腹が以上に大きく、私が太っているから、という訳ではなく、
お腹の中の息子は、私からの栄養をしっかりと、必要以上に吸収していた。
当然大きくなり過ぎると、出産のリスクも高くなるということで、
産婦人科の先生と助産師さんから体重管理を厳しく指導された。
その結果、息子は平均的な体重で生まれたのだけれど、
出産直後の私の体重は、どういう訳か妊娠前より減っていたのだ。
そして母乳が私を更に痩せさせてくれた。
息子は驚くくらいおっぱいを飲んだが、それ以上に私の母乳はよく出た。
出すぎて困るくらいに。
そして気づいたら、私は一般女性と同じくらいの体型になっていた。
そして息子が一歳になった時、夫が転勤となり、この町にやって来た。
太っていた頃の私を、誰も知らない町。
そして今、私がこのステージにいるのは、
ママ友となったタカコさんの誘いを受けて、
この町の地区センターで行われていた
親子フィットネスに参加したことがきっかけとなっている。
私は今、ダンサーとしてステージに立っている。
★始めの一歩
マンションの窓からは富士山が見えた。夏にはみなとみらいの花火大会も辛うじて見える。
そんな眺望のいい、高い台のマンションに引っ越してきて三ヶ月。
漸く夫の転勤先である新居での暮らしにも慣れてきた時だった。
同じマンションに住むタカコさんに親子フィットネスに誘われたのは。
タカコさんは同じ月齢の息子を持つママ同士で、
気さくで話しやすく、すぐに仲良くなれた。
「マリさんは何か運動してる?」
雨の午前、タカコさんの部屋で息子同士を遊ばせている時、彼女は何気に訊いてきた。
「ううん、何も」
生まれてから今まで運動らしい運動はしてこなかったわ。
何故なら、太っていたから。
とまでは、言わなかった。
特に言う必要もないことだろうし。
「いくら子供が歩けるようになって、毎日公園や買物に連れて歩いていても、
結構運動不足だと思わない?」
「そ、そう?」
充分だよ、と思ったけれど言わなかった。何となく……
「私ね、毎週木曜日に地区センターでやっているフィットネスに行っているの。
どう、マリさんも行かない?」
「えっ、ケンちゃんはどうしているの?」
「一緒よ。私がフィットネスしている時は、他のママが見てくれているの。
ちょっとした一時保育よね。ケンも同じくらいのお友達といっぱい遊べるから楽しそうだし。
それにね、フィットネスしている時は体を動かすことに集中していて、子育てのことを忘れているの。
よく考えたら、そういう時間ってないでしょう?」
「そ、そうね。朝から晩までずっと子育てよね」
「ねえ、一緒に参加してみない?」
「えっ! 私が!?」
「いいリフレッシュになると思うよ」
「リフレッシュ……」
初めて聞く単語みたいだった。
何となく「リフレッシュ」とは、体を動かした後の爽快感を指している気がし、
そういう意味では今までの私とは確かに無縁だった気がする。
「ねえ、ファンタを飲んだ後とどっちがリフレッシュ?」
「え?」
「……ううん、何でもない。でもフィットネスなんて無理よ。
あれでしょ、エアロビックとか」
「そう。後はヨガとかピラティスとか、インストラクターの先生が色んな要素を取り入れてくれるの」
ますます無理って気がする。
どうしよう。どう断ろう。
「はい、これ」
「えっ、何?」
「お友達紹介カード兼無料チケット。これを受付に提示して」
よく考えたら、断ることが出来なかったから、
私は太っていたのではないだろうか。
祖母が買ってくれた物、作ってくれた物を
「お腹いっぱいだからいらない」
「今は食べたくない」
「そんなにいっぱい食べられない」
などと、言えていたら、太っていなかったかもしれない。
結局、私はタカコさんからの誘いを断れずにチケットを受け取ってしまったのだ。
「ありがとう」と、言って。
「えー! それでスニーカとスポーツウェアを買うわけ?一回きりなのに?」
と、事の顛末を話したら、夫は当然渋い顔をした。
「だって、ないんだもの」
「知ってるよ。スポーツとは無縁のマリちゃんだもん。
っていうか、本当に行くの? そのフィットネスに」
「・・・・・・」
「大丈夫?」
「・・・…」
「嫌いなんだろう。スポーツ全般が」
確かに、嫌いだった。
体は重かったし、少し動いただけで脂肪が揺れて、
その振動が体中を波打ち、軽い吐き気や眩暈を引き起こした。
そして何より、必要以上に噴き出す汗が不快だった。
汗をかいてリフレッシュ、なんて正直信じられない。
「悪い癖だよ、マリちゃんの。嫌なことは断らなきゃ」
諭すように言う夫を、私は上目づかいで見た。
少しだけ年上の夫は、私を後輩のように或いは妹のように扱う時がある。
結婚し、子供が出来た今でも。
私はそれが時々すごく嫌で、時々すごく愛しい。
つまり人は相反する思いだったり、矛盾する思いを多く抱えているのだ。
確かに私は体を動かすことが嫌いで、今までの人生の中でそういった物事の大半を避けてきた。
けれど、憧れに似た思いは常にあって、
風のように走る姿や鳥のように飛ぶ姿、
そして軽やかにしなやかに舞う姿を、いつもどこかで思い描いていた。
だからといって、太った自分を変えることは出来なかったのだけれど。
「行ってみるわ、私」
「マリちゃん……」
「フィットネスをするというよりは、タックンを同じくらいのお友達と遊ばせたいの。
いつもの公園だけじゃ、子供の輪も広がらないでしょ。
それにこの町に来て三ヶ月経つし、私ももっとたくさんのお友達が欲しいの」
そう言うと、夫は困惑したような渋々といった感じで頭をガシガシと掻き、
「分かったよ。これでシューズとウェア買っていいよ」
と、二万円をくれた。
「ありがとう!」
受け取った瞬間、私は何かがおかしいことに気づく。
「あれ、でもこのお金、何のお金?」
「えっ……」
「あなたのお小遣い?」
「も、勿論そうだよ。先週の飲み会をキャンセルしたからその分……」
「うそ!飲み会行ったわよ」
「えっ!あ…、じゃあ、あれだ。パソコンのメモリカード買うのに貰ったお金だ。ポイントの還元があったから」
「うそ!ポイントの還元分は、エスプレッソマシーン買うのに使ったもん」
私は視線を忙しなく動かす、挙動不審な夫を睨んだ。
「行ったのね。パチンコ」
夫は嘘がバレた子供のように顔を強張らせ、あたしの目を見ないようにしている。
図星だ。
「気分転換だよ。ストレス解消がてら。リフレッシュだよ、リフレッシュ」
「リフレッシュ!?」
「だって、タックン生まれてから全然行ってなかったし。
ケンシロウのCR機が昔とは随分変わっていて、
知っている? 南斗最後の将のシリーズ。ユリアだよ、ユリア。
後、南斗水鳥拳の……」
「もう、いいわよ!」
私は夫を遮った。
頭が混乱する。何なんだ、リフレッシュ!
結局、私は夫から貰ったお金でシューズとウェアを買い、
その週の木曜日に地区センターに足を運んだ。
前日の夜に鏡の前でファッションショーさながらに着てみたウェアとシューズを身につけて。
地区センターの体育館には多くのママが集まっていた。
隣のコートでは子供たちが、それもヨチヨチあんよの子から幼稚園児くらいの子まで
おもちゃやボール、追いかけっこなど、まさに保育園の園庭のように遊んでいた。
「マリさん、今日は体験ってことで、タックンは私がみるね」
と、タカコさんがタックンを私から引き離し、隣のコートに連れて行った。
「ママー!」と、タックンは案の定大泣きし暴れ、やがては疲れて眠ってしまった。
後追い真っ只中の息子は、トイレ以外、いや最近ではトイレですら追ってくるようになり、
片時も私から離れたことがない。
少し可哀相な気がしたが、子供は案外タフで、すぐに慣れるらしい。
そして、その間、私は人生初のエアロビックを体験していた。
勝手が分からず、大きな鏡の前で自分の姿をぼんやりと見ていたら、
音楽が流れ始めた。
同時に皆が一様に動き始めた、前にいるインストラクターの先生と同じ動きをしている。
私は驚愕した。
ぼんやりとしている間に、先生の真横の一番前を陣取っていたのだ。
明らかに、そこはエアロビックに自信のあるベテランママの陣地なのだ。
おどおどする私に、先生が笑顔で言った。
「大丈夫よ。はい、その場で歩いて」
言われたように歩いてみた。腕を振って、足をあげて。
そこで再び私は驚愕した。
体が軽い。今まで経験したことのないくらいに。
鏡を見てみると、確かに軽やかに歩いている私がいる。
痩せた、ことがこんなにも動きを変えるのだろうか。
「次、サイドステップ」
分からないけど、先生の真似をしてやってみる。
「ブイステップ」
と、先生は次々と私が一切分からない名前のステップや動きを言い、
所謂Lowインパクな動きのルーティーンで進めていった。
その際、流れていたのはキング・オブ・ポップ、今は亡きマイケルジャクソンの曲で、
私は必死に先生の動きを真似しながら、
マイケルジャクソンとのあり得ない対面を思い出していた。
小学校一年生の時だった。
どういう訳か、マイケルジャクソンの東京ドームでのコンサートのチケットが手に入った。
それも家族分。
電々公社から民間企業になって間もないNTTがスポンサーだったからだ。
私の父も母もそこの社員で、会社は家族分のチケットを用意してくれた。
そして私達は、祖母を含め、当然のように彼のコンサートに行った。
彼がどれ程偉大なアーティストか、イマイチ分からずに。
会社の園遊会的な発想で。
両親の午前勤務を終えてから(なんと会社はコンサートに行く人は
午後休を快諾していた)、
千葉県の片田舎から東京ドームに向かったので、
開演ギリギリの到着だった。
渋滞に巻き込まれ、駐車場もなかなか見つからず、長い時間車にいた
私と祖母はトイレに行きたくて行きたくて堪らなかった。
そして会場に着いた際、一目散にトイレを探し、駆け込んだ。
そこになんと!
マイケルジャクソンが入ってきたのだ!
何とか間に合い、手を洗っていた私と祖母は
キラキラの人形のような外国人に、
唖然、呆然。
そんな私に、彼は微笑みかけ、
「ソーリー」と言って、出て行った。
どうやら私と祖母は慌てていたあまり、関係者以外立ち入り禁止の区域に、
それもマイケルジャクソン専用のトイレに、
どういう訳か、入り込んでしまったのだ。
けれど、マイケルジャクソンは優しかった。
物凄く。
それ以来、私は彼のファンだった。どんなにバッシングされても。
そんな大好きなマイケルの曲が流れていたので、
体は自然と軽やかに動いた。
ステップの名前も、ルーティーンの流れも全く分からなかったけれど、
体は自然に動いた。
鏡にうつる私は、かつての太っている私ではない。
気づいたら、四十分あまりのエアロビックが終わっていた。
さすがに産後で、今まで運動らしい運動を一切してこなかった分、
眩暈がするくらいに汗をかき、腰が抜けるほどに疲れ切っていたが、
それでも初めて経験する清々しさに全身が包まれていた。
「これがリフレッシュ…?」
思わず呟いていた私に、タカコさんが駆け寄ってきた。
「マリさん、すごい!本当に何もやったことないの?」
「えっ?」
「嘘だよね、絶対何かやっていたよね。バレエとかダンスとか」
「えっ、えっ?」
「だって、足とか綺麗に上がるんだもん。体も柔らかいし」
何を言っているの? と私は訝しる。
タカコさんの言っている内容も、意味も分からない。
タックンが目を覚まし、私を探して泣いている。
「今までやってこなかったとしたら、もったいないことしていたかもね」
と、いつの間にか先生も私の隣に来てた。
「才能を眠らせていたんだわ」
「さ、才能ですか!?」
「踊る、ということの」
そして私は今、ダンサーとしてステージに立っている。
ハマピーというご当地ゆるキャラぬいぐるみの後ろで、
割烹着を着て、しゃもじを持って。
ハマピーが推進する地元野菜を食べようイベントで、
私はハマピーのバックダンサーなのだ。
私は今、自分のこの姿に一応なく感動している。
また誇りを持っている。
何故なら、私は今まで何の取り得もないただの主婦で、
おまけに、二年前まで太っていたからだ。
それも物凄く。
踊ることなんて、全く無理ってくらいに。
けれど、私はここまでくるにはそれなりの葛藤と険しい道があった。
家族や親戚を巻き込んだ、それなりの。
その話はまた次回。